フランスでの襲撃事件について

アッサラーム アライクム ワ ラフマトゥッラーヒ ワ バラカートゥフ

パリで起こった恐ろしい犯罪に対して、ハビーブ・アリー師(アッラーが彼をお守りくださいますように)の投稿からシェアします。

転載:要旨:
パリで起きた極悪非道な犯罪を、「預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)はカアブ・ブヌ・アシュラフのようにご自分を侮辱し迫害した者を殺す事を妨げなかったから」と理由づけて、正当化する人々がいますが、それは間違いです。

預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)は、ご自分を侮辱したからという理由で誰かを殺すことを命じたことは決してありませんでした。

カアブや他の限られた数の人々が殺される事になったのは、生まれたばかりのムスリム社会に対する戦争を準備していたからで、その戦争によってより多くの人々の血が流れるのを妨げる為でした。

その証拠に、ヒジュラ歴8年にムスリムたちがマッカの無血開城を行った際、カアバ神殿の周りに集まったマッカの多神教徒たちの処分に関し、彼がおっしゃった言葉は

「行きなさい、あなたたちは自由ですから。」でした。

彼ら多神教徒の多くは、預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)を何年にもわたり侮辱したり迫害した人々でしたが、それにもかかわらず、無条件でお赦しになりました。

また、預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)のための復讐などという嘘の理由はもうたくさんです。例の新聞社が預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)を侮辱する漫画を掲載したのは2006年(訳注:又は2012年?)の事です。

アル=バグダーディー※を馬鹿にする漫画が出たのは先週でした。
※過激派組織ISISのリーダー

彼ら犯罪者の水曜日の殺人は、例の漫画以上に預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)の教えを傷つけていることに加え、漫画のウソを「真実」だと社会に思わせてしまうでしょう。
そうならないように、アッラーのご加護を求めます。

(ハビーブ アリー(アッラーが彼をお守りくださいますように)の投稿より)
https://www.facebook.com/habibalienglish?fref=nf

世界中のイスラーム学者達は、仏週刊誌社襲撃を批判しています。

エジプト・カイロにあるイスラーム教スンニ派の最高権威機関アズハルは、襲撃事件直後に、他のイスラーム団体に先駆けて声明を発表し、「イスラム教はいかなる暴力も糾弾する」と彼らの行動を批判しました。

http://eng.dar-alifta.org/foreign/ViewArticle.aspx?ID=645&CategoryID=1

襲撃事件に関して、イスラーム法学者たちは批判声明を出していますが、日本語のニュースにはあまりならない、という現状があります。

また、イスラーム教の聖典クルアーン(コーラン)にはこうあります。

【人を殺した者、地上で悪を働いたという理由もなく人を殺す者は、全人類を殺したのと同じである。
人の生命を救う者は、全人類の生命を救ったのと同じである。】(食卓章5:32)

預言者ムハンマド様(彼にアッラーの祝福と平安あれ)ご自身も、何年にもわたり、ご自分を侮辱したり迫害してき人々を、無条件でお赦しになりました。(ヒジュラ暦8年マッカ無血開城)

ですから、彼らの行動を正当化する要素は、イスラームにはどこにもありません。


Q:アッラーまたは預言者様を冒涜した場合は「地上で悪を働いた」ことにはなりませんか?

A:イスラームでは、今回のような冒涜によって、一ムスリムによる殺人が許されることはありません。
冒涜は悪いことですが、それが死刑などの刑罰の対象になるかどうか判断するのは、一ムスリムではなく、
裁判所、もしくは裁判官であり、それ以外の人が行う制裁は、ただの殺人であり「犯罪」です。日本で、誰かが名誉棄損行為を行ったからと言って、勝手に相手を殺すことが許されず、「犯罪」になるのと同じです。

Q:暴力、殺人、戦争が肯定されることがイスラームにあるのか、またあるならばどのような条件ですか?

A:イスラームで殺人が許されるのは、裁判で死刑判決が下った場合、戦争が許されるのは自衛の戦いです。
相手が武器を持って殺しに来る場合、黙って殺されなさい、ということはなく、自衛の戦いは許されています。
しかし現在、過激派が行っているような、無実の一般市民を殺すことは、それがムスリムであってもムスリムでない方であっても宗教の差別なく、イスラームではまったく許されておらず、禁止されています。

Q:過激派組織が行うことは正しいと思っているムスリム(イスラーム教徒)も一部いるようですが。

A:現在は自分の都合のいいようにクルアーン(コーラン)を勝手に解釈して行動する人が多いことに、大きな問題があります。
イスラーム学は、医学や工学と同じように、ひとつの学問で、専門知識が必要です。

医学を学んだことのない人が手術をすれば、大変危険なように、イスラームの専門知識のない人が、クルアーンを自分勝手に解釈して行動することは、大変危険です。

もし襲撃が正しかったと言う人がいたら、その人にイスラームについて尋ねたりしないことが大切です。
医学を学ばずに「私が手術する」と言う人がいたら、病人を助けたいという彼の善意は認めても、決して手術は頼まないのと同じです。

また、今回のような事件がイスラームで正しいかどうかは、イスラーム世界で高い権威を持つスンニ派の最高権威機関アズハルのファトワ(宗教見解)で確認できます。(英語、フランス語、ウルドゥ語、インドネシア語など9か国語)http://eng.dar-alifta.org/foreign/ViewArticle.aspx?ID=645&CategoryID=1

ムスリムが、ファトワの元であるクルアーンや、預言者様(彼の上にアッラーの祝福と平安あれ)のスィーラ(伝記)やハディースを通して正しいイスラームを知ること、こういった一人一人の努力が、今回のような犯罪をなくすことにつながっていくのではないでしょうか。